ART & ALTERNATIVE                           

Symbol Edition     

 Description 

目に見える物や風景には形象があります。
それらが現実の世界を構成しています。
私たちは目に見える形象や空気の振動としての音や 自然界が引き起こす現象に取り囲まれて生存しています。
私たちはこの世界において目で見た形象を心象に焼き付けてイメージの世界を生成しています。
イメージの世界に在る形象を取り出し、 シンボライズして描き出した作品群がシンボルエディションです。
イメージの世界の対象物は現実世界の対象物とは似ても似つかぬ形象に 変異していることがあります。
普段私たちは現実世界の対象物を表現した作品を目にすることが多いので、 シンボルエディションの作品を目の前にすると、
これは何を描いた作品なのか想像もつかず、違和感を持たれるかもしれませんが、このような制作プロセスがあることを
認識していただきたいのです。
要は現実世界の対象物をそのまま写実している作品ではないわけです。
現実の世界を直接的に表現するのではなくて、 イメージの世界というワンクッションを入れて表現しているのです。
現実の世界は3次元空間において展開されていますが、 イメージの世界に空間的次元は存在しません。
だからイメージの世界の形象は3次元的形態を持ちません。
イメージの世界の形象物を表現する世界は2次元空間であり平面的世界です。
私たち自身は3次元空間の内部において3次元的対象として存在しています。
ですから現実的世界を何の違和感もなく受け入れていますが、 この世界は私たちの目に映像として写る対象物によって
構成されているのです。
私たちはこの世界を表層的にしか見ていません。
この世界の本源は量子的であることが量子物理学によって判明しています。
この世界を見る主体が違えば世界の見え方も違ってくるのです。
人間が見ている世界は、人間自身が生成していることになるわけです。
現実の世界は人間の目にそのように映っているだけで、本当は映像的ではないのです。
私たちの目に見えている世界は私たち自身の意識が生成している世界です。
だから世界は私たち一人一人の意識とつながっていることになります。
世界とは私たちの意識が拡張したものとして位置付けることができます。
私たち一人一人の意識が現実を生成しているのです。
意識の波動が低ければ低い現実しか現れないし、 意識の波動が高ければ高い波動の現実が生成されます。
あなたの意識の波動に応じた現実があなたの前に現れているのです。
だからあなたが波動の低い現実に悩まされているようでしたら、 自己意識の波動を上げていかれることです。
そうすればあなたを取り巻く現実におけるあらゆる問題は解決へと向かいます。
自己意識の波動を上げるためには、自問自答を繰り返すことです。
自己の課題、問題となっていることを抽出し、 それがもし解決されたとしたら自分にとってどのような未来が待っているのかを
自分に回答するのです。
そして想定される未来が訪れたならば、 自己はどのような存在になりたいのかを自分に答えるわけです。
さらに自分が待望する存在になったときに、世界はどう変わるのかについて自答します。
このように自問自答することによって自己の意識の波動は上昇していきます。
意識の波動の上昇に伴って最初に提起した問題は、 もはやあなたにとって問題とは認識されなくなります。
このように自問自答を繰り返すことによって自己意識は高波動の状態へと移行します。
そうすると低波動状態のときに問題として認識していたことは、 もはや問題として自己の前に立ちはだかっていないことに
気が付きます。
つまり問題はすべて解消していたのです。
そもそも問題などどこにも無かったことに気づかされるわけです。
問題とは低波動の自己意識が作り出したものであり、 現実の空間には問題は存在しないのです。
現実世界は事象として在るだけです。
事実を自己意識が解釈して自己の世界を作り上げているのです。
問題が存在するとすれば、それは自己意識の世界にあるのです。
人間は自己意識の世界(観念の世界)と外部の現象の世界を クロスさせて思考しているので、
観念の世界にある対象(例えば神話の物語に登場する人物)を 現実の世界に投影して見てしまい、意識の世界にある問題が
外の世界にあるように見えてしまうのです。
例えば、トラウマと呼ばれる心理現象がそれを物語っています。
また、環境問題が大きく取りざたされていますが、それは地球環境自体に問題があるわけではなく、 人間の内部に問題があり、
それが外部の環境に反映されて問題として目に映っているのです。
地球環境の変動は人類にとって問題なのであつて、それ自体は何ら問題ではありません。
自然環境が破壊されているのは、人間の意識と自然界との間にズレがあるからです。
環境問題は人間の意識上に存在する問題だといえます。
このように、自己の問題として目に映る対象が、 実は外部の対象には全く無関係なことがよくあります。
だから内部の問題に眩惑されて生きていると、 それが歯止めとなって人生にブレーキがかかり、人生が固まってしまうことが
よくあるのです。
何か行動を起こそうとするとき、 ブレーキがかかってしまい、なかなか行動に移れないことがあります。
行動しようとしているのは自分であり、それにストップをかけているのも自分なのです。
危険を冒そうとしている自分にストップをかける自分は必要です。
ブレーキのない自動車を運転することほど危険なことはありません。
だからあなたが行動しようとするとき、 自分でブレーキばかり踏んでいるからといって悲観することはありません。
なりふり構わず猛スピードで突進するほうが数倍危険だからです。
人生を完結させるためには、 意識上のアクセルとブレーキを踏み分けることが重要となってきます。
そのときに自己の前には次々と現実が表出しては消えていきます。
あなたの前に発生した現実は、あなた自身が選択した現実だということを知って下さい。
なぜならば本質的には世界は確定していないからです。
世界は何も決まっていないのです。
あなたに決まった現実が見えているならば、それはあなた自身が選択しているからです。
未開の荒野を自動車で走破するとき、前方に道はありません。
どちらの方向にハンドルを切るかによって、目の前に現れる現実は変わってきます。
右に切れば右の現実が現れるし、左に切れば左の現実が迫ってきます。
どちらに切るかは運転者の意志にまかされているのです。
どちらに切るのが正しいのか、答はありません。
正解はないからです。
ただあなたの意識するままに、現実はあなたの目の前に出現するだけです。
その現実に善も悪もありません。
正義も非道もありません。
現実が善か悪かを判断するのも、あなたの意識だからです。
ですからあなたの前にどのような現実が現れてもそれを否定してはいけません。
なぜならばその現実はあなた自身が選んだ現実だからです。
未開の荒野とは人生全体を含んだ領域です。
走った後には道ができます。
それがあなたの人生の過去の部分です。
前方に見える広大な荒野はあなたの人生の未来の部分です。
あなたの未来はいくらでも切り開いて開拓することができます。
どちらの方向に走るかは全くあなたの自由です。
しかし自由を見失い放棄しているのはあなた自身なのです。
この世界の現実はあなたの目には厳しく映るかもしれません。
厳しい現実という荒野が見えるのならば、 そこをいかにして走り切るかがあなたの人生なのです。
難しい舵取りを迫られるでしょう。
自分の使命とは何かに迷い、人生のハンドリングに悩まされる人もいます。
しかし実際のところ、人生に使命などというものは存在しません。
これが自分の使命だから、これをしなければならないということはないのです。
人生はあなたの完全自由であり、人生に義務などは何ひとつありません。
人は自分で自分に義務という鎖をつないで身動きできなくしているにすぎないのです。
また本当の自分を探そうとする人がいます。
私から見れば、本当の自分などは存在しないし、偽りの自分も存在しません。
いまの自分が在るだけで、他には何もありません。
要は今のあなたが本当のあなたであり、あなたの全てなのです。
なぜならば人生の現実はあなたが意識するままに現れるからです。
荒野の現実という幻想は自分の意識が生成した映像世界だということに気が付いたならば、 あなたの自己は即答するでしょう。
真実はそうではないと。
それは人間の観念が生成した幻影なのだと。
幻影とは真実を覆い隠す霧であり、 私たちは霧を見て幻惑されていることを知らなければなりません。
霧が晴れると視界に見えてくるのは、自然界が生成した本当の荒野です。
そこには人間が作り出した偽りの社会や建造物は存在しません。
人間社会の都市は砂漠に見える蜃気楼のようなものです。
それらを見てはいけません。 人間は真実の実在に目を向けなければなりません。
自然界の実相を見ることだけが人類の生き残る道だからです。
真実をそのまま受け止めなければなりません。
現実とは表面化した現象であり、真実とは現実の奥に隠れている自然界の営み、即ち因果の法則のことです。
因果律とは、事象と事象との間に存在する関係性です。
私たちが目をやるべきは、事象そのものではなく事象間にある関係なのです。
関係が現実の世界を構築しているからです。
そして関係を決定付けている原因が情報なのです。
量子力学的に見れば世界は何も決定していないのに、 なぜ因果律が働いているのかと疑問に思われるかもしれません。
私たちが見ている世界、即ち視覚化された世界では、 現象に対しては確かに因果律が働いています。
しかし、事象の現象化が起きていない世界、即ち量子の世界では因果律は成立しません。
量子の世界では何も決まらないからです。
事象が決定するのは視覚的現象の世界だけです。
その世界を生成しているのは自己の意識なのです。
量子の世界では因果律ではなく情報律が働いています。
情報が作用することによって事象の現象化が起こり、視覚的現象の世界が生成されています。
それならば意識によって情報を操作すれば、現象の世界を操作できるのかと問われれば、 確かに可能だと答えられます。
量子は様々な情報を有して存在しています。
一個一個の量子は情報力学によって動かされています。
そして情報をコントロールできる主体が意識なのです。
私たち人間は物質的身体を有し、視覚的現象の世界で生存しています。
しかしながら意識を有する人間にとって視覚的現象の世界はすべてではないということを知らなければなりません。
その背後にある目に見えない量子の世界、そしてそれを動かす情報の世界が存在することに今覚醒するときなのです。
あなたの人生には成功も失敗もありません。
あなたの考えるまま、意識するままに、あなたが生成する世界において、 あなたの前にあなたの人生は現象するだけなのです。
シンボルエディションは視覚的現象の世界をシンボライズした世界を表現しています。

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