そもそも広告とは、何をするためのものなのでしょうか?

広告の歴史を紐解いていくと広告の原点が見えてきます。
広告とは、元々何かをひとりでも多くの人に知らせるための“シグナル”や“サイン”だったといわれています。
それは目に見える文字や絵、マークになっており、それを見る者に何かを伝えようとしていたことが分かります。
具体的には幟(のぼり)を立てたり、看板を出したりあるいは、壁に直に絵を描いたりしていました。
いわば、衆人が、目にするものは何でも広告に利用できた訳です。
また、広告には、それを出す人(広告主)の意図や思いが込められていました。
それが伝わり目的が達成されるか否かは、広告の出来(クリエイティブ)と内容(企画)次第でした。
そのうちプロの広告制作請負人が登場するようになりました。
(私もその中のひとりですが)彼らは人間心理の研究から社会分析し、流行をつくり出し、
その最先端を行き、様々な技術を駆使して、広告をつくり出しています。
広告をつくる上で難しいのはクライアント(広告主)の希望通りに広告をつくったとしても、必ずしも広告の目的を達成出来るとは限らないという事です。
広告を最終的に判断するのはクライアントではなく消費者だからです。
ですから広告の場合は、私たちクリエイターとクライアントである広告主、さらに広告を見る人である消費者という3つの立場が絡んでいるわけです。
芸術家ならば自分が描く絵を、作品として直接鑑賞者に提示しますから立場は、絵を描く人と、絵を鑑賞する人の2つしかないため話は簡単ですが、
広告の場合は、クリエイターは、自分の作品を作るのではなくて、広告主が消費者に提示する広告をつくるわけです。
クリエイターのつくった広告は、最終的には、広告主のものになります。

私が広告をつくる上で一番知りたいのは
広告主がその広告によって何を一番消費者に伝えたいのか?訴えたいのか?ということです。

会社のブランドイメージを構築したいのか?
あるいは商品を販売したいのか?
広告を見る人を面白おかしく笑わせたいのか?怒らせたいのか?
あるいは、行動に駆り立てたいのか?
そういった広告主の明確な訴求目的を持たせたという事が、広告が絵のような作品とは違った点ではないでしょうか?

絵には、描く人の意図、意識がダイレクトに反映されます。
それ故に、私は広告を制作する際には、広告が自分の絵にならないように、考えてつくっております。
広告とは、あくまでも、広告主と消費者(社会)との対話であり、それ以外の何ものでもないはずです。
それだからこそ、広告をクリエイターの社会実験の場にしてはならないのです。
広告主がクリエイターに広告制作の一切を委ねる場合、クリエイターは、広告主と同じ立場にとどまらなければならないでしょう。
社会が(広義の)広告で動かされている以上、広告には重要な役割があります。
それ故に、高い信頼性を伴った広告こそが、消費者(社会)にとっては、最も良質の広告だと言えるのではないでしょうか。

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